売上800万円からのV字回復。
二代目社長を支えた看板の力と仲間の存在。

有限会社ミナトホーム(神奈川県横浜市)
代表取締役利波 貞男 様
IT業界から、予期せぬ形で不動産業界へ
父が不動産会社を経営していたのですが、もともと家業を継ぐことは全く考えていませんでした。専門学校を卒業してからはIT業界に進み、三菱系のソフトウェア開発会社で働いていました。そこで、保育園の勤怠管理等のシステムも作っており、ご縁があって保育園を運営する会社に転職し、営業や役所のシステム開発等に携わりました。そこから関西への転勤を機に、レンタルオフィスを運営する会社へ移ったのですが、その会社がアパマンショップの系列でして、ここで少しだけ不動産の大家業のようなものに触れました。
本格的に不動産業界に入ったのは、2020年です。父が体調を崩して仕事ができなくなってきたのがきっかけで、父が営んでいたミナトホームに入社することを決意しました。
「潰れそうな会社」からの再出発と、加盟の決断
正直に言うと、私が入社した当時の会社は「潰れそうな会社」でした。昔ながらの不動産屋という感じで、年間の売上は800万円ほどしかありませんでした。一番の課題は、新規のお客様が全くいないこと。既存のオーナー様や、そのご紹介だけで成り立っており、加盟するまでの3年間で、いわゆる“飛び込み”でご来店されたお客様は一人もいなかったんです。私自身、不動産仲介の経験もなかったので、どうやって物件情報を仕入れたらいいのかも全く分からない状態でした。
そんな中、年間700万円ほどの売上があった管理物件のオーナーが変わり、管理契約が打ち切られることになってしまったのです。このままでは会社の存続が危うい。「何か新しい施策を講じなければ」と考えていた、まさにそのタイミングでセンチュリー21の営業担当の方が来てくれました。
実は子供の頃、父の会社で宿題をしていると、近くにあったセンチュリー21のお店の人が将棋などで遊んでくれた記憶があったんです。「ああ、あのセンチュリー21さんか」と。昔から良いイメージがあったので、他のフランチャイズと比較することはなく、加盟を決めました。


加盟後の変化
加盟後の変化は劇的でした。加盟して2ヶ月ほどで、初めて飛び込みで「マンションを買いたい」というお客様がご来店くださったんです。お話を聞くと、やはり「ミナトホームは知らないけど、センチュリー21は知っている」と。ブランドの力は絶大だと感じましたね。紹介をいただく際も、「センチュリー21の利波です」となると、紹介する側もされる側も安心感が違うようです。おかげさまで、加盟1年目は売上を維持し、2年目には倍近くまで伸びています。
加盟して一番良かったと感じる点は、他の加盟店の社長さんと知り合えたことです。社長同士にしか分からない悩みも分かってもらえますし、精神的な支えになっています。加盟してすぐ地域連絡会の役員をやらないかと誘われ、そのおかげで本当にありがたい出会いがたくさんありました。加盟しているのに、こうした集まりに来ないのは本当にもったいないと思います。
加盟店のネットワークは、具体的なビジネスチャンスにも直結しています。他の加盟店さんから管理が難しくなった遠方の物件を紹介していただいたり、逆に親戚の家を売却する際に埼玉県の加盟店さんと共同で活動したりと、協力体制ができています。最近では、北海道や沖縄の物件売却も、現地の加盟店さんと連携して進めています。
自社だけでは「できません」と断るしかなかった案件も、全国の加盟店ネットワークがあるからこそ、「北海道から沖縄まで、どこでもご相談ください」とお客様にお伝えできる。これは、ビジネスチャンスを広げる上で大きな強みだと感じています。
相続案件への取り組み
また、加盟をきっかけに、新しい取り組みもすぐに始めました。加盟契約をした時、センチュリー21本部の当時の社長から「これからは相続案件をやった方がいい。」とアドバイスをいただいたんです。言われた通り、すぐに相続案件に力を入れている加盟店のマルヨシさんを訪問してノウハウを教えていただき、オーナー様向けに相続に関する情報などを載せた「ミナトホーム通信」の発行を始めました。


現状打破こそ、成功への第一歩
今の目標は、2026年に店舗センチュリオンを獲ることです。ありがたいことに紹介案件が増え、今の体制では手一杯になってきました。そのため人材の確保が不可欠だと感じています。
もし昔の私と同じように、二代目で「これからどうしよう」と悩んでいる不動産会社があるなら、絶対に加盟した方がいいとお伝えしたいです。古いやり方を引き継いでいるだけでは、会社の成長は見込めません。外から見て「入りたい」と思われる会社に変えていくことが、成長への一番の近道だと確信しています。